ものがたり
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クマノザクラと共に・・・
樹木医 矢倉寛之さん
更新日:2019.09.12
# 03
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クマノザクラと共に・・・
樹木医 矢倉寛之さん
更新日:2019.09.12
# 03

都会にはない、ここにしか存在しないもの

2018年におよそ100年ぶりの新種発見として大きな話題となった
クマノザクラ(Cerasus kumanoensis T.Katsuki)は、和歌山・三重・奈良県の3県にまたがって分布する自生のサクラである。
矢倉寛之さんは、古座川町在住の樹木医であり、歴史的発見・発表に関する調査には初期の段階から携わってきた一人だ。

 古座川町に拠点をおき、クマノザクラの保全活動や調査・研究を重ねる日々を過ごしている。

固有種や希少植物が多く存在する古座川町は、正に宝の山だと矢倉さんは言う。

「子供の頃図鑑で見た植物が、こんなにもたくさん身近にある。都会のビルに囲まれて過ごしてきた僕にとっては、これほど魅力的な場所はありません。」

屈託のない笑顔を見せる矢倉さんからは、好奇心にあふれた、まるで少年のような純粋さが伝わってきた。

クマノザクラの魅力を伝える

2019年3月。およそ100年ぶりの大発見と発表されてから、初めて迎える春。

その姿を一目見ようと、タイプ木(注)のある古座川町池野山地区には、実に多くの観光客が訪れた。クマノザクラは、開花の時期が‘染井吉野’と比べて早く、花びらの色が淡く美しいピンク色であることなどが主な特徴である。
矢倉さんは、見た目だけではないさらに深い魅力を、訪れたお客様一人一人に自分の言葉で伝えていた。

(注)タイプ木とは新種として学名を発表するための論文を書くときに、ホロタイプ〈正基準標本〉の採取を行った木のこと。学術的価値が最も高いクマノザクラであるといえる。(矢倉さん制作樹木医甚兵衛HPより一部引用。(https://jumokui-jimbe.jimdofree.com
クマノザクラのタイプ木は、世界に一本、古座川町にのみ存在する。

100年ぶりの新種・・・

「約100年ぶりの新種の発見となったクマノザクラですが、このサクラは突然生えてきたわけでも何でも無く、もともとこの地域に長い間在り続けたものです。当たり前のように古座川町の人々の心を楽しませてきたサクラが、世紀の大発見であった。このようなことは、本当に稀なケースだといえます。」

優しく穏やかな表情で語りかける矢倉さん。そんな折り、あるお客様から質問が出た。

「自宅の庭にクマノザクラを植えて育てることは可能でしょうか?」

矢倉さんは、少し考えた後、こう答えた。

「こんなに美しいクマノザクラをもっと近くで楽しみたい。例えば、持ち帰って庭に植えたい。その気持ちは良く分かります。私には、それを止める事はできません。ただ、その前に一度、少しだけ考えて頂きたいことがあります。正確な知識がないまま植栽をすることによって起きる“リスク”があるという事を。他の品種が近くにある場合、交雑によって、どのような影響が出るのかいまその答えをはっきりと言うことはできません。今後も調査を続ける必要があると考えています。クマノザクラが自生しているすぐ近くで‘染井吉野’やオオシマザクラなど他の桜が植栽されています。そのことにより、交雑によってできた雑種も確認されています。これらを正確に識別する事は私たちのような専門家でもかなり難しい事です。クマノザクラを植えて育てる、ということは、そうした“リスク”と向き合っていく、ということでもあるのです」

100年先の未来へ・・・

笑顔を交えながらこう続ける。

「今、川や池に堂々とブラックバスを放流する人っていませんよね。外来種を持ち込むことによって、昔からあった生態系が崩れ、もともとあるべき姿ではなくなってしまう、ということを知っているからです。クマノザクラも同じことだと私は思います。クマノザクラを守るとはどういうことなのか。どうしていかなくてはいけないのか?今、私達がとる行動によって、次世代が見るクマノザクラの姿が変わってしまうかもしれません。」

クマノザクラからのメッセージ

タイプ木の横には、地元高池小学校の子供たちが作った手作りの看板がある。その看板、およびタイプ木周辺の囲い柵を設置したのも矢倉さん御本人。“次世代に残す”、という意味を誰よりも力強く実践しているその姿からにじみ出るのは、矢倉さん自身が持つ、壮大な優しさ、慈しみの心のように感じられる。

当協会が主催して行った古座川桜フェア。(平成31年3月3日~3月31日)

そのオープニングイベントの中でクマノザクラの植栽を行った。背中に桜の刺繍が入った特製スカジャンに身を包んだ矢倉さんが、植栽時に力強く語った言葉が印象的だった。

「これから植えるクマノザクラは、樹木医、そして専門家としての使命感を持ってしっかりと管理させて頂きます。その上で、皆さんに改めてお伝えしておきたいことがあります。

私は、古座川町を日本一のクマノザクラの名所にしたいと思っています。それは言葉で言うほど簡単なことではありません。例えば、これから実際に植栽する数メートル横にはエドヒガンという桜があります。交雑を防ぐためには、しかるべき時期をもってこのエドヒガンを伐採する必要があると私は考えています。それが、“クマノザクラを守る”、ということにつながると思います。私は昔から古座川町にある、美しい桜を、大切なこの宝物を、子供たちに、次世代に、残していきたい。つないでいきたい。そして、この古座川町が、日本一のクマノザクラの町として語り継がれていってもらいたい、そのために私は人生をかけて、取り組んで行きたいと思っています。」

 

樹木医 矢倉寛之さん。

揺るぎない覚悟と共に向かい合う、世代時代を超えた『彼とクマノザクラの物語』は、まだ始まったばかりだといえるのかもしれません。

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