古座川町のランドマーク「一枚岩」にほど近い洞尾(うつお)集落に、「田上おとり店」という、鮎を釣るために必要な鑑札札(チケット)やおとり鮎を扱うお店があります。
今回の「ものがたり」の主人公は、田上おとり店の田上智士さん。
独特の風貌と、するどい眼光。SNSでの歯に衣着せぬ物言いなどから、最初は「きっと話しかけづらい人なんだろう」とのイメージがありました。
が、実際に会って話してみると・・・
よどみなく語るその口調と、落ち着いたトーン、ブラックジョークなのか、はたまたジョークですらないのか、真剣なのか、ふざけているのか分からない、変幻自在のトークに加え、時折見せる無邪気な笑顔が「まるで少年のような人だなぁ」という印象に変わりました。
とっつきにくい見た目とは裏腹に、とても温厚な性格の田上さんなのですが、突然別人かと思うほどの変わり様を見せるときがあります。
それは、やはり「アユ」について語るとき。
いざ、古座川の上流にある七川ダムが放流するとなれば、アユの活性状況、釣り人の環境、漁協の対応、河川の水位、濁り具合、ダムの運用規定や県の河川条例などなど、とにかくアユに関するありとあらゆることを調べ尽くし、関係各所に即座に連絡交渉し、それをすぐさまSNSで発信。
アユへの思いゆえ、釣り人への配慮ゆえ、時に強く、時に激しく行動します。
《田上さんのSNSでは、古座川のアユに関する情報が釣り人目線でタイムリーに発信され、ファンも多い》
釣り人目線を大切に
雨続きに加え、ダムの運用で古座川が濁り、全体的にアユの釣果が悪かった2019年。
本来、おとり屋さんであれば商売上のこともあるので、多少の“見栄”もあっていいと思うのですが…
いやいや、田上さんは一切の忖度なく、ズバっと“真実”のみを発信します。
「釣れないなら釣れない、そう言った方がお客さんに誠実でしょ」
アユへの愛情はもちろん、お客さん目線を大事にするその姿から、鮎釣り関係者からの信頼も厚く、いざ古座川で鮎漁が解禁するやいなや、田上おとり店の周りには多くの人が集まり、夜通し笑い声が絶えません。
「アユが釣れるかどうかも大切かもしれないけれど、やっぱり古座川に集まって田上さんと一緒にみんなでワイワイやることが、とにかく楽しいんですよ」
ある釣り客はそう言って笑います。
友釣りの楽しさ、美女鮎の美しさ
アユには縄張りに入ってきた他のアユを追い払うという習性があります。そんな習性を生かしてアユ同士を喧嘩させて釣る「友釣り」というのが鮎釣りの主流です。
いまや古座川の友釣り名人と言っても過言ではない田上さんですが、この釣り方を知ったのは、意外にも今からたった10年前。
以来、すっかりその虜に。何がそんなに田上さんを引き付けるのでしょうか?
「友釣りは実力の差もはっきり出るし、釣り方がたくさんある“攻める釣り”だからゲーム性に富んでいて面白い!それになんといっても鮎が綺麗でしょ。」
そういって、一匹のアユを取り出した田上さん。
その美しさに思わず息を飲み込みました。
「これこそ、古座川の自然な美しさでしょ!」
清流古座川に生息する鮎は、背びれが長くアブラビレまで綺麗な黄色をおびているのが特徴的。
その容姿端麗な姿と、町内にある美女湯(みめゆ)温泉の読み方をとって、田上さんは古座川で釣れた鮎を『美女鮎 みめあゆ』と名付けました。
きっかけは自分たちで作る
田上さんの魅力は何といっても、そうした発想の豊かさと行動力。
古座川町に人を呼ぶためにはどうしたらよいか、清流古座川を守っていくためにも若い世代に川に興味を持ってもらうためには何をしたらよいか、日々考えています。
「鮎に名前をつけてブランディングするだけでも、イメージ変わるでしょ?ちょっとしたことでも、それをきちんと発信すれば、価値を感じてくれる人にはちゃんと伝わるんです」
最近では、鮎釣りだけでなく、古座川町に生息している「あまご」や「オオサンショウウオ」にも注目しており、ボランティアを集めて発眼卵放流をしたり、有識者を呼んで地元住民向けの講演会の開催や小学生向けの学習会の準備をしたりしています。
「今が良くても、明日がダメなら意味がない。無理なく続けていける仕組みを作ることが大切で、そのためには、まずは“知ってもらうこと”。そのきっかけは、私達次第でいくらでも作れるはず」
「これからも、とにかくやることはやっていきたいと思ってますよ!ま、めんどくさいことは周りに任せるけどね(笑)!!」
ユーモアまじりに力強く語るその姿。
釣りも生き方も、とにかく「攻めるのが好き」なんでしょう。
「いつかは古座川へ・・・」
釣り人たちが恋い焦がれる「美女鮎」の聖地、古座川への想いと、そうした釣り人を温かく迎え入れる、田上さんの願い。
「いつかは古座川へ」
それはもはや全国の鮎釣り人のキーワードといっても過言ではないでしょう。
しかし、田上さんにとってこの言葉は、さらに別の意味があるように思うのです。
それは、将来への願い。
古座川に生まれ育った「稚鮎」達が、川を下って、やがて世間という「大海」に出る。
その後、立派に成長した姿で再び川を上り、故郷古座川に戻ってくる姿を、田上さんはどこかで待ち望んでいるのではないでしょうか?
「やっぱり帰ってきてもらいたい気持ちもありますよ、そりゃ。でも自分がそうであったように、そんな単純な話でもない。海に出たら、色々ありますからね」
遠い目をした後、真剣な表情を見せたかと思うと
「ま、いつでも古座川にはこいつがいますからね」
自慢の竿の先には、友釣り用のオトリ。
変わらぬ“友”がいるから、“自然”が待っているから、いつでも安心して帰って来いよ。
そんなメッセージのようにも感じられます。
「ま、大人が背中見せ続けるだけですね」
そういうと、再び川に向かって歩いて行きました。
今日も明日も明後日も。田上さんの美女鮎探しに終わりはありません。
古座川田上おとり店 Facebook
https://www.facebook.com/kozagawatanoueotoriten/
鮎釣り画像提供:Publisher’s Republic