古座川町の古座川で、舟の上でたいまつの火を振り、 鮎を網に追い込む伝統の「火振り漁」。
「火振り漁」は産卵で川を下る「落ち鮎」を狙った漁法。
その発祥は、明治時代までさかのぼる。「鮎のたなみや」女将の英子さんは、毎年、漁の時期になると、夫婦ふたりで舟に乗り、今でも「火振り漁」をおこなっている。
火振り漁に使用するたいまつは、昔ながらの伝統を守り杉しば、桧の枝、稲わらをたばねて作っていて、その炎は古座川町の夜を美しく彩るとともに、火の粉がぱちぱちとはじける音も風物詩のひとつだ。
英子さんは、「鮎を捕るためにやっているけど、捕れなくても別にいいのよ。」と笑う。
昔の人の知恵や伝統を守って、後世に伝えていきたいという思いから、英子さんは毎年舟に乗り続けている。
その漁で取った鮎を燻製にする伝統の保存食が「あぶり鮎」だ。備長炭でじっくりあぶった「あぶり鮎」を楽しめるのは、ここ「鮎のたなみや」さん。
土と砂を敷いたドラム缶に備長炭を入れて火をおこし、竹串に刺した鮎を頭を下にして入れる。女将の東 英子さんによると、紀州の特産「備長炭」は温度が高く火持ちが良く、一番いいそうだ。
ここは、味わう場所でもあり、伝える場所でもある。
英子さんにお店をはじめた動機を聞いてみた。すると意外な答えが返ってきた。
「別に料理を作りたくてはじめたわけじゃないのよ。」たしかに「鮎のたなみや」は、料理をいただけるだけの場所ではない。英子さんが、古座川町で幼い頃から体験してきたことを伝える場所でもある。
「お子さんがいらしたら、野菜を一緒に収穫することもあるし、野原に連れて行くこともあるのよ。こういうことって本には載っていないことだから、誰かが伝えていくしかない。古座川町ならではの遊びや体験を一つでも多く次の世代へ語り継いでいく。それが私の使命だと思うの。」
子どもの頃は、焼いた鮎をおやつ代わりにしながら、野を駆け回っていたという英子さん。
「あの頃は今みたいに甘いデザートなんてなかったの。でもね、その鮎が本当に美味しかったの。そういう体験をこれからもみなさんにも味わってもらえたらいいですね。」
今や、その味を求めて訪れる遠方からのお客さんも多い。伝統的な火振り漁をおこなうことも英子さんの毎年の楽しみだそうだ。「夫が船を操縦して、私がたいまつを振って追い込むんだけど、これが楽しくて。食べるのも好きだけど、火振り漁も大好き。」と語る英子さんは御年80歳。若さの秘訣は、おいしい鮎とその好奇心があるからこそ。
古座川町を肌で感じられる宿もおすすめ。
料理店の「鮎のたなみや」だけではなく、英子さんは、宿泊施設の別館「たなみや」も運営されている。古座川町を訪れて、ゆっくりする方にはおすすめだ。趣ある古民家は150年前に建てられたもの。改装しながら現在に至るそうだ。
宿泊をすれば、かまどで炊いたごはんも楽しめるのだとか。鮎だけではなく英子さんが腕をふるった数々の郷土料理が味わえる。「大切な古座川の味を伝えるだけじゃなくて、古座川町にある歴史や魅力を一つでも多く、私達より若い世代にも語り継いでいきたい。
そのためにお店も続けていきたい。」と語る英子さん。ぜひその味だけではなく英子さんとのおしゃべりも愉しんでいただきたい。